名古屋地方裁判所 昭和32年(行)15号 判決 1960年10月14日
原告 吉村源次郎
被告 名古屋国税局長
訴訟代理人 林倫正 外三名
主文
松阪税務署長が昭和二十七年十一月十三日付で訴外吉村優に対する国税滞納処分として別紙目録記載の物件に対してなした差押処分、並びに被告名古屋国税局長が昭和三十一年七月十三日付でなした、原告よりの右差押処分に対する審査請求を棄却した決定は、いずれもこれを取消す。
原告のその余の訴をいずれも却下する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨並びに「別紙目録記載の物件は原告の所有たることを確認する。被告は原告に対し右物件につき津地方法務局松阪支局昭和二十七年十一月十四日受付第三三二六号を以てなされた訴外吉村優のための所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、請求の原因として、
一、松阪税務署長は昭和二十七年十一月十三日訴外吉村優の昭和二十六年分所得税の滞納分として、別紙目録記載の物件に対し差押をなすとともに、右物件につき津地方法務局松阪支局同月十四日受付第三三二六号を以て、吉村優のための所有権保存登記手続をなした。
二、然しながら、別紙目録記載の家屋は原告が自己の費用で建築し所有するもので、右吉村優の所有ではないから、右差押処分は違法である。
三、そこで原告は松阪税務署長に対し右差押処分の取消を求めるため再調査の申立をしたが棄却され、次いで被告名古屋国税局長に審査の請求をなしたが、被告は昭和三十一年七月十三日付でこれを理由なしとして棄却する決定を行つた。
四、よつて、右差押処分及び審査決定の取消と原告が右家屋の所有権を有することの確認を求め、併せて前掲所有権保存登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ、
と述べ、被告の主張に対し、
一、原告が昭和二十六年一月一日から長男吉村優をして製餡業を経営せしめるため、工場及び機械設備を賃貸したこと、本件各家屋の建築確認申請がいずれも右吉村優の名義でなされたことは認めるがその余の被告主張事実は否認する。
二、(一) 原告はかねてから製餡工場横の空地を利用して住居を新築する計画を持つていたところ、昭和二十五年住宅金融公庫が設立され住宅建設に長期低利の資金を貸付けることになつたので、昭和二十六年十月末松阪信用金庫を通じて同金庫に資金貸付を申込んだ。然し当時は住宅難が厳しく、他に住宅用家屋を所有していた原告は不適格として貸付を拒絶されたので、昭和二十七年五月住宅を持たない長男優の名義を借りて改めて借入の申込をした。ところで右借入の申込には建築基準法による建築確認申請書を添付しなければならないので、原告は松阪市に対し右優の名義で建築確認申請を行い確認を得た。
他方原告は昭和二十七年一月二日及び同月十八日訴外山口友吉外一名に別紙目録記載の(一)の居宅の建築を請負わせ、契約金三万円を支払い、同年三月三十一日訴外清川千雄より木材を購入して工事を始めた。前記の優名義での借入申請は同年六月三日不適格となつたが、工事は同年十一月略完成し、原告は自己名義での工事完了届及び家屋台帳への登録を準備しているうち本件差押を受けたのである。
(二) 別紙目録記載(二)の倉庫は原告が昭和二十六年十二月頃訴外山口友吉に請負わせて建築したものである。これは、以前原告が現在の敷地とその隣接農地に跨つて倉庫を建てたため、当時の花岡町農地委員会より撤去を命ぜられて取壊した経緯があつたので、他人の名義で建てる方が便宜と考え、優の名義で建築確認申請をしたのである。
かように右各家屋の建築確認申請を優の名義でしたのは便宜上の理由からで、他意があつたわけでない。
と述べた。
被告代理人は本案前の答弁として、「原告の本訴請求中所有権確認並びに抹消登記手続を求める請求はこれを却下する。」との判決を求め、その理由として、
およそ私法上の権利義務の確認及び給付の請求又はこれに類する登記請求権を訴訟物とする訴訟においては専ら権利義務の主体たる国を被告とすべきで、行政庁は被告たる適格を有しないものである。
と述べ、本案につき「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び被告の主張として、
一、原告の請求原因事実中第一、三項の事実は認め、第二項の事実は争う。別紙目録記載の各家屋は訴外吉村優の所有であつて本件差押処分及び審査の決定は適法である。
二、(一)原告は昭和二十五年末迄松阪市大字垣鼻七番の五(現在は同市茶与町七番の五)において製餡業を営んでいたが、昭和二十六年一月一日同所在の建物及び機械等の営業用設備を自己の長男である吉村優に賃貸すると同時に、百五銀行平生町支店に対する普通預金債権を譲渡又は消費寄託し、且つその他の有形無形の資産を譲渡して、いわば同訴外人に自己の右営業の譲渡を行い、かくて吉村優は原告等家族の生活の主宰者として自己の営業収益で家人の生計を支えるようになつた。従つて本件滞納の昭和二十六年分所得税も右優が申告し、課税されたのである。
別紙目録記載の各家屋は吉村優が営業用兼居宅とする目的で、自己名義で建築確認申請をした上昭和二十六年中に建築したものであるが、その工事費用は原告から譲受けた前記普通預金等から支払われたから、右家屋の所有権は優が取得したものである。仮りに右普通預金が原告の名義であつたとしても、優は原告等家族の生計の主宰者であつたから、その支配下にあつた右預金等から出費して建てられた家屋を同人の所有と認むべきは理のおもむくところである。
(二) 仮りに右各家屋が原告の費用で建てられたものとしても、叙上の営業譲渡の事実及び確認申請を優の名義でした事実に徴すれば、原告はこれを優に贈与したものと云うべきである。
(三) 以上の主張がすべて理由がなく、右各家屋が原告の所有であるとしても、これ等については優名義の建築確認申請が提出されていて、外観的には同人の所有名義になつているから、その間原告より優に対し仮装の譲渡が行われたものというべきであるところ、原告はかかる虚偽表示による所有権移転の無効を以て善意の第三者たる被告に対抗することはできない。
いずれにしても、本件物件が原告の所有であるここを前提とする原告の本訴請求はすべて理由がない。
と述べた。
証拠<省略>
理由
(差押処分並びに審査決定の取消請求について)
一、松阪税務署長が訴外吉村優に対する国税滞納処分として別紙目録記載の物件を差押えたこと、右差押処分に対する原告の審査請求を被告名古屋国税局長が棄却したことに関する原告主張事実は当事者間に争いがない。原告は本件物件が自己の所有であることを理由に右各処分の取消を求めるので、以下本件物件の所有関係について判断する。
二、(一) 証人山口友吉、同清川千雄、同吉村優の各証言及び原告本人尋問の結果に原告本人の供述により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、同第一〇号証、証人清川の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証の八、九、一〇、証人山口の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一一を総合すると、別紙目録記載の家屋のうち(二)の倉庫は昭和二十六年六月頃、(一)の居宅は昭和二十七年四月頃から十月頃迄の間に、いずれも原告が訴外山口友吉に工事を請負わせ、木材は自から訴外清川千雄より買入れて建築したものであること、及び右(一)の居宅は原告一家の住居とする目的で建てられ、原告等家族はその完成後直ちに右居宅に移転して現在迄これに居住して来たことが認められる。
被告は、本件家屋の建築費用は訴外吉村優が原告より譲受けた銀行預金その他右優の支配管理下にあつた金員より支払われたと主張するので、この点につき考えてみるに、右吉村優が原告の長男であること、原告は松阪市茶与町所在の工場で製餡業を営んでいたが、昭和二十六年一月一日より右工場及び付属の機械設備を優に賃貸し、優が原告に代つて製餡業を経営するようになつたことは当事者間に争いがない。
しかして、証人吉村優の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は優に対して営業資金として約二十万円を貸与したことが認められ、又成立に争いのない乙第七、八号証の一、二によれば原告の昭和二十六年当時の収入は不動産収入及び議員手当として月額八千円程度で、原告家族の生活は専ら優の右営業よりあるが収益によつて支えられていたこと、優は原告が従前から百五銀行平生町支店に持つていた普通預金口座をそのまま利用して取引していたことが窺われるが、原告が優に製餡業を引継がせるに際して、右普通預金その他の資産を優に贈与した事実を認めるに足る証拠はない。しかして、右優の証言及び原告本人の供述により認められる、優は製餡業を始めた当時二十二歳で独身の会社勤めの身であり、他方原告は四十八歳で長男優の下に七人の子供があつた事情、及び原告が優に製餡業を引継がせるに際し工場機械等を贈与せず賃貸の形式をとつた事実に徴しても、右営業の引継ぎが、被告の主張する如く、原告が優に対して家族の主宰者たる地位を譲つて自分は隠居すると云つた性質のものであつたとみるのは困難である。又、検証の結果によれば本件居宅は建坪もかなり大きく、住宅用建築としては相当に立派なものであると認められるところ、上記の如き優の年令及び経歴からみて、たとえ同人が昭和二十六年度の営業で相当の収入を得たとしても、同人がこれを自力で建築するに足る程の資力を有していたとは考え難い。
又、被告は本件家屋の建築確認申請が優の名義でなされている事実をあげて、本件家屋が優の建築にかかることの証左とする。しかして右事実は当事者間に争いのないところである。建築基準法によれば、請負建築の場合建築確認申請は請負契約の註文者がすることに定められていので、未登記未登録の建物については、建築確認申請が誰によつてなされたかということが、その所有者を知るための一つの資料となり得ることは否めない。然し建築基準法の目的が専ら公共福祉のため建築物に一定の基準を定めることにあり、建築物の権利に関する規整を内容とするものではないことに鑑みると、建築物確認申請者の名義に不動産登記又は家屋台帳の場合と同様の権利推定の機能を認めることは適当でないし、又家屋の建築、買受等に家族の名義を借りるということが往々行われている我国の現状に即して考えても、本件の場合確認申請が優の名義でなされている事実をもつて、本件家屋が同人の所有であることの決定的資料とはなし難い。
のみならず、証人阪倉松次郎の証言、原告本人尋問の結果及びこれ等により成立を認め得る甲第六号証、同第九号証の一、二同第一〇号証を総合すると、原告は本件(一)の居宅の建築を企図し、昭和二十六年末頃住宅信用金庫に対し資金の貸付を申込んだが不適格として却下されたので、翌年改めて優の名義で貸付申請をしたのであるが、その関係上建築確認申請も優の名義で行つたものであること、(二)の倉庫については、始め農地に跨つて建てようとしたので農地委員会より異議が出た経緯があり、優の名義で建てる方が便宜であると考えた結果であることが一応窺われるのである。そうだとすれば、本件家屋の建築請負契約が原告によつて、原告の費用でなされたと認められること前記のとおりである以上、右確認申請の各義の点のみをもつては、右認定を覆えして本件家屋が優の建築にかかるものであると認定することはできないと云わねばならない。
三、次に被告は、仮りに原告が本件家屋を建築したものとしても原告はこれを優に贈与したと主張するので考えるに、原告と優との間に本件各家屋の完成と同時にその所有権を優に取得せしめる旨の合意がなされていたとの事実、又は本件実屋の完成後にこれを優に贈与した事実を直接に証する資料はない。又、原告が製餡業を優に引継がせたこと、及び本件家屋の建築確認申請を優の名義でなしたことのみを以ては、本件家屋が優に贈与されたと認定するに不十分であることは、前項に説示したところより自から明らかであろう。よつてこの点についての被告の主張は採用することができない。
四、更に被告は、本件家屋は原告より優に仮装譲渡さたもので、原告は該譲渡の無効を被告に対抗できないと主張する。
取引の完全のため善意の第三者を保護することを目的とする民法の虚偽表示に関する規定が行政行為である滞納処分についても適用されるか否かは疑問であるが、仮りにこの点を積極に解し得るとしても、本件家屋につき原告から優に対し、仮装にもせよ譲渡の意思表示がなされた事実はこれを認めるに足る証拠がない。問題となるのは、原告が本件家屋の建築確認申請を優の名義でなした点であろうが、虚偽表示が成立するためには、第三者よりみて特定の法律行為の存在を認識するに足る外観が存在していなければならないところ、或る者が建築確認申請を他人の名義で行つたとしても、このことは第三者からみた場合建築主より申請名義人に対して建築物を贈与するとの意思表示(この場合贈与の対象たる健物は未だ存在していないのであるから、建築完成と同時に贈与するとの趣旨に解する他はないのであるが)の存在を示していると云うことはできない。けだし仮りに建築主に贈与の意思があつたとしても、確認申請は自己の名でなすのが、建築確認の制度の性質上当然の事理であるからである。従つて、原告が本件家屋建築の確認申請を優の名義でしたことをもつて、優に対する贈与の意思表示があつたと看做すことはできないので、仮装譲渡を前提とする被告の主張も亦、採用することができない。
五、してみると、本件家屋は原告の所有に属するものであるから、松阪税務署長がこれに対し、吉村優の滞納所得税徴収のための差押をなした処分は違法であり、この点を看過して原告の審査請求を棄却した被告の審査決定も亦違法であると云わねばならない。
なお原告は、被告名古屋国税局長に対し、審査決定の取消と併せて、松阪税務署長のなした差押処分の取消をも求めており、かように訴願裁決庁を被告として原処分の取消をも求めることができるか否かについては、行政事件訴訟特例法第三条との関係で議論の存するところではあるが、訴願裁決庁は原処分庁の上級監督庁として原処分の取消変更をなす権限を有するものであるし、本件の如く裁決が原処分の実体につき審査を行つた上で原処分を維持したものである場合には、原処分の実質的適法性に関しての攻撃防禦を裁決庁をして行わしめても何等不都合はないから、かかる場合には裁決庁を被告として、原処分の取消を併せ求めることも許されると解するを相当とする。
以上の理由により、原告が本件差押処分及び審査決定の取消を求めることは理由があるものというべきである。
(所有権確認及び抹消登記手続の請求について)
被告は本案前の抗弁として、原告の本訴請求中本件家屋の所有権確認及び保存登記の抹消登記手続を求める部分については被告名古屋国税局長は被告適格を有しないから却下さるべきであると主張する。案ずるに、行政庁は国家又は公共団体の事務追行上の機関たるにすぎず、本来権利義務の主体たる人格を有しない故に訴訟の当事者となる資格を有しないものであつて、ただ行政行為の取消変更を求める抗告訴訟についてのみ、特に被告となることを認められているにすぎない。本件物件の所有権確認と抹消登記手続を求める原告の請求は、いずれも私法上の権利又は法律関係を訴訟物とするものであるから、権利義務の主体たる国又は登記名義人を被告とするべきで、行政庁である被告名古屋国税局長を被告とすることは許されないと云わねばならない。行政事件訴訟特例法第六条は、抗告訴訟と関連する原状回復、損害賠償その他の関連請求は当該抗告訴訟に併合して提訴し得る旨を規定しているが、この規定は本来別個の民事訴訟手続によるべき請求であつても、当該抗告訴訟と関連する限りこれと併合して審理し得ることを定めたにすぎなく、関連請求についても行政庁が被告たり得るとの趣旨まで含んだものではないと解するを相当とする。よつて、原告の所有権確認及び登記手続請求に関する訴は、本案の審理に入るまでもなく、不適法として却下を免れない。
(結論)
以上の理由により、原告の本訴請求中本件差押処分及び審査決定の取消を求める部分は正当としてこれを認容し、その余の訴は不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本重美 吉田誠吾 篠原曜彦)
目録<省略>